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日本における農薬の歴史と、これからの向き合い方について
日本における農薬の歴史と、これからの向き合い方について

日本における農薬の歴史と、これからの向き合い方について

課題でレポートを書いたら思ったより長くなって、書いて終わりじゃもったいないので載せることにしました。ほかのレポートものせていこーっと。興味あれば読んでください。

日本における農薬の歴史とこれからの向き合い方について

現代の農業において、農薬は欠かせない資材である。普段我々が食している野菜や果物の生産には、ほとんどすべてに農薬が使われているといってよい。

一方でわれわれ消費者の間では、農薬は危ないものというイメージとともに、減農薬推進や有機栽培信仰がうたわれている。

確かに農薬の多くは化学合成された薬剤であり、それらを人間が取り込むことは望ましくないだろう。しかしその事実と、農薬は悪で取り除くべきという思想は、直接つながるものではない。私たちは農薬について正しく認識し、正しく怖がらなくてはならない。

以上の目的のもと、農薬の効能・リスクとこれまでの歴史について調べ、これからの農薬との向き合い方について考えていきたい。

1.農薬の必要性

そもそも農薬とは何を指すものだろうか。

農薬は、農薬取締法によって以下のように定義されている。「農作物(樹木及び農林産物を含む)を害する菌、線虫、だに、昆虫、ねずみその他の動植物またはウイルスの防除に用いられる殺菌剤、殺虫剤その他の薬剤及び農作物等の生理機能の増進または抑制に用いられる成長促進剤、発芽抑制剤その他の薬剤をいう」。この基準のもと、農薬の規制や認可、生産と使用に対する基準が定められている。

日本における農薬の出荷実績は、1位が除草剤、次いで殺虫剤と殺菌剤が並ぶ。世界全体と比べると高温多湿の気候の影響もあり、除草剤の使用量に対する殺菌剤と殺虫剤の割合が高い。日本で主に使用されていることからも、農薬というと上の3種のことを指すことが多い。

それでは、これらの農薬を使う目的は何だろうか。

除草剤が使用されるのは、もっぱら農作業の時間を軽減させるためである。除草剤が使われていなかった1949年では、10aあたりの除草作業に総労働時間の23パーセントに当たる50.6時間が費やされていた。その後、機械化の普及もてつだって総労働時間が大幅に減少し、除草作業についても総労働時間の5パーセントである1.4時間ほどに短縮された。一次産業従事者の高齢化も進む中、除草作業に以前のような時間をかけることは不可能であろう。

殺菌剤と殺虫剤は、有害生物による農産物の収量減少を防ぐために使用される。

農耕地で栽培される作物は、有害生物に襲われやすい。それは以下の3点が理由である。

1点目は農耕地の生物多様性が低いことだ。単一植物の栽培により植物相が単純化すると、それを食害する昆虫種なども絞られる。すると昆虫相も単純化し、天敵のいない環境になる。天敵の存在なく栄養源が豊富な環境では、優占種となった昆虫による食害は深刻化する。

2点目は品種改良によって農作物の抵抗反応が失われていることだ。農作物は人間にとってよりおいしいものになるように、様々な手法で品種改良されてきた。人間にとって好ましくない食味や食感を与える形質は、植物が害虫から自らの身を守るために進化させてきた形質であることが多い。これらが取り除かれてしまった結果、害虫や病原菌による被害を受けやすくなってしまうのである。

3点目は農作物の高い栄養価である。十分な肥料が与えられ適切に管理された農作物は

栄養価が高く、人間に対して人気がある一方で、それは外敵にも人気である。忌避物質もないため、病原菌による感染も受けやすい。

以上の点より、農作物を適切に管理し消費者のもとに届けるためには、農薬の使用が不可欠であることがわかる。

2.農薬の発展

日本で農薬が本格的に使われ始めたのは、第二次世界大戦後の昭和20年代からである。当然ながら、その当時使われていた農薬と現在使用されているものは同じではない。数段階の発展を経て、今使われている農薬が誕生したのである。

戦後の日本を下支えする食料生産のため、「荒武者的農薬」と称される強力な化学合成農薬が使用されていた。その内訳は、有機水銀剤(いもち病・殺菌剤)、パラチオン(ニカメイチュウ・殺虫剤)、DDT・BHC・ドリン剤(殺虫剤)、PCP(除草剤)などである。

1962年に出版されたレイチェル・カーソン著「沈黙の春」によって、農薬成分の環境への残留問題が提起された。これに端を発して農薬の毒性や環境への影響が問題視され、農薬規制についての流れが加速した。1971年には農薬取締法が改正され、先述の農薬は販売が禁止されるなどして姿を消した。この当時の毒性の強い農薬によってもたらされた数々の被害が、今日まで続く「農薬は危険」だという認識の原因となった。これらの具体的な被害については後述する。

1980年代には、外敵生物を殺す農薬のほかに病害虫や雑草の生理・生体にアプローチする農薬の開発が盛んになった。農薬の作用機構・人体や作物などには効かず外敵にのみ働く選択性機構の解明、効率のよい選抜方法の開発、合成方法や製材方法の改良などが進められ、安全性の確保は大前提として、より微量で効力の高い農薬の活用が広まっていった。

そして現代、国内ではさらに低薬量・低毒性の農薬が開発されている。ゲノムを用いたより精密な解析方法の発展もめざましい。その一方で社会の農薬への抵抗反応が強くなり、有機栽培や減農薬・無農薬栽培が取り沙汰されるようになっている。

農薬自体の毒性や危険性については、昔よりも格段に改善されているといえる。しかしその使用に際して、社会の容認は得られていないというのが現状である。

3.農薬使用のリスク

農薬のリスクとしてまず挙げられるのはその毒性である。以下に2例を挙げた。

a. パラチオン

「荒武者的農薬」として戦後に使用された殺虫剤パラチオンは、広範囲のイネ害虫に対して殺虫能力を示した。しかしこの農薬は人畜にも猛毒であるために多数の死者を出すことになった。1956年にパラチオンによって引き起こされた人身事故(散布中・誤用含め) の数は2200件弱であり、その内訳は死者300人・中毒者1800人超であった (石原秀次 1956) 。

b. CNP

水田における除草剤として使用されたCNPは、農家を過酷な手取り除草作業から解放した。しかしこの薬剤は魚毒性が強く、大雨の後CNPが吸着した水田土壌が流れ出してしまったために、湖や浅海の魚介類に大きな被害をもたらした。

そして、農薬のリスクは単純な毒性だけではない。もともと雨風などが厳しい環境での使用をイメージして設計された農薬は、効果を持続的に発揮するものが好まれた。しかし開発が進むにつれてこの持続性は強化され、環境に残留してマイナス効果を与えるものも現れ始めたのである。以下に、長期残留による被害を与えた農薬の1例を挙げた。

c. 有機塩素系殺虫剤

BHCとDDTは戦後に活躍した有機塩素系殺虫剤である。いずれも環境や食品に残留しやすいため使用が禁止された。DDTは半減期が2.8年で、95%消失には平均で10年、4~30年が必要であるとされている。またBHCは半減期が1.2年、95%消失には平均で6.5年、3~10年が必要とされている。農薬の残留性はなぜリスクになるのか。例えば、使用が禁止されたはずの農薬が土壌に残留し、雨などで河川に流れ出すことで数年越しに検出されたという事例がある。また土壌に残留したBHCが乳牛の飼料としての藁に移行し、その牛が生産した牛乳を飲むことで、ヒトの乳からBHCが検出された事例もある。毒性のある物質が環境中に残り続けると、その行方を追うことはどんどん困難になり、予測不能な被害を引き起こすリスクになるのである。

環境への長期残留性と並行して、生物濃縮問題が挙げられる。これは先述のBHCとDDTが、レイチェル・カーソン著「沈黙の春」によって環境汚染農薬として例示された際に提起された問題だ。環境中での分解を受けない物質は、食物連鎖の流れにしたがって、下位の生物から上位の生物へと捕食によって受け継がれる。多数の捕食によって有害物質の体内濃度が上昇し、薬害を引き起こすのだ。動物の移動性によって、人の住んでいない地域の動物体内にも農薬物質が検出されることもある。

まだ多種のリスクが挙げられるが、ここでは最後のリスクとして農薬抵抗性の発現問題を挙げる。農薬による殺虫や殺菌は、ある意味でその薬剤に抵抗性を持つ個体の選抜作業である。農薬によって防除対象となった個体の多くは死滅するが、たまたまその薬剤が効かなかった個体は生存する。生存した個体が子孫を作ったとき、その抵抗性形質は遺伝して、環境中には抵抗性を持った個体のみになってしまうのである。こうなると農薬の効き目が薄くなってくる。効果を発揮させようと農薬の量を増やしたり、その殺虫・殺菌毒性を高めたりすると、かえって人畜への薬害になってしまうのである。

4.近代の農薬の扱い方

こうした数々の農薬のリスクに対して、近代の社会はどのような対処をしてきたのだろうか。

まずは農薬の毒性についてだ。「2.農薬の発展」でも述べたように、日本の農薬は農薬取締法によって規制されている。規制の方法はポジティヴリスト制度と呼ばれ、原則全ての農薬が使用禁止とし許可された農薬のみ使用を可能とするものだ。

また農薬はその毒性によって「医薬外毒物」・「医薬外劇物」・「普通物」に分類されるが、2006年時点で普通物の割合は81.7%である。農薬の毒性は時代を追うごとに低くなっている。これにより、1957~1960年で年平均45人程度の死亡事故が発生していたのが、1999年頃には0になった。

食品への残留リスクに対してはどうか。

こちらは国内の食品安全委員会によってリスク評価が行われている。

この機関は、生涯摂取し続けても毒性が表れないと想定される量、すなわち無毒性量(NOAEL)をマウス実験などに基づいて設定し、それを安全係数(100)で割ったADIという値を設けている。ADIは一日許容摂取量を指し、毎日摂取し続けても健康にまったく影響がでない量を表している。そして農作物への農薬残留濃度等が調査され、その算出値がADIの80%未満に収まれば、人体に対して健康被害を与える農薬ではないということが示される。これらの値はそれぞれ毒性を示す最低値が用いられ、個体の耐性差による影響があらわれないようになっている。

このような基準の下、われわれ消費者の元に届く食品への農薬残留値は管理・規制されている。

病害体の農薬抵抗性の発達を避けるためには、農薬のローテーション使用が行われている。ある薬剤に対する抵抗性が発達して効果が薄まるごとに、次の薬剤におきかえていく方法である。ローテーションのタイミングとしては、防除の対象となる生物の一世代ごとに薬剤を切り替えるブロックローテーションが有効である。薬剤ではなく、栽培する作物を変更する輪作も効果的である。作物が変わると使用する薬剤も変わり、防除対象生物の生存環境が変化することで、特定の個体群のみのまん延を防ぐことができる。

さらに実際の農地では、IPM(総合的病害虫管理)という管理方式の普及が進められている。IPMの考え方の下では農薬による防除のみではなく、耕種的・物理的・生物的・化学的な様々な防除方法を組み合わせて適切な処理を行う。IPMは特に変わった考え方という訳ではなく、人の健康に対するリスクや環境への負荷を軽減するために、農薬に頼り切りになっている現状を変えようとするものだ。以下に、IPMで用いられる各種防除方法の例を挙げた。

a.耕種的防除

基本となるのは、病害虫への抵抗性の高い品種を導入することである。防除対象の害虫に襲われない品目との輪作を行ったり、病害虫の滑動が弱まる時期に栽培したりすることも有効である。

b.物理的防除

代表的なものは、熱や光を利用する防除である。熱利用の方法は、種子に付着した病原微生物を死滅させる温湯処理や土壌をビニールフィルムで覆って太陽光熱で地温を上げる太陽熱消毒などがある。光利用の方法は、夜行性の害虫が光によってくる性質を利用した誘蛾灯による誘因捕殺や、紫外線除去フィルムを利用して昆虫にとっての暗黒環境を作り出す方法などがある。

c.生物的防除

自然界に存在する捕食性・寄生性を持った天敵や昆虫感染性ウイルス・病原菌を用いる。生物農薬とも呼ばれ、製品化されている。

d.化学的防除

農薬の他に、フェロモンが利用される。性フェロモンを使用して片方の性の昆虫を誘引し、繁殖を防ぐことができる。殺虫剤ではないので、環境影響が少ないとされている。

そして、環境重視の新段階であるIBM(総合的生物多様性管理)も存在する。この管理方法では、害虫を全て駆除するのではなく一般の生物と同じ水準にとどめておくことで、他の生物と共生できる環境を整えようと試みている。収量を第一としないこの管理方法には、地域社会や国の協力・支援が不可欠である。

5. 新しい農薬の開発

こうして多くのリスクは取り除かれてきたが、すべてが解決したわけではない。収量第一であった考え方も、環境への影響を軽減させる方向へ変わってきている。これからはどういった手段でリスクを取り除いていけるのだろうか。

最も大きく活用できると考えられるのは、遺伝子配列の情報だ。近代になって、動植物の体を形作るもととなる情報、いわゆる遺伝子の中身が解明されてきた。遺伝子の正体はDNAと呼ばれる物質であり、A,T,G,Cの4種類の塩基の組み合わせで我々の体の情報は記述されている。この情報の並びは多くが同定されつつあり、どんな遺伝子配列が何の物質を作らせているのかについても分かってきている。

この遺伝子データを用いることで、より効率良く標的病害虫に有効な物質を探し当てることができる。

またアメリカは日本よりも農薬の使用量が少ないとされているが、これには遺伝子組み換え作物による貢献がある。主要作物であるダイズやトウモロコシの90%以上が遺伝子組み換え作物であり、病気や害虫に対する抵抗性が強化された作物である。こうした作物を栽培することで、農薬の必要性を下げることができる。遺伝子組み換えに対しても賛否の声があるため、ここでどちらがよいのかを判断することは難しいが、これも遺伝子データ活用の一例である。

遺伝子情報から植物の抵抗性遺伝子を発見することで、その機能を強化させるような農薬を作ることも可能である。殺す農薬ではないので毒性は低く、抵抗性を持った菌や害虫も出ない。新しい病害防除法として注目されている。

6. これから

ここまで、農薬の必要性とリスク、農薬をとりまく環境が現在に至るまでどう発展してきたかを述べた。農薬をむやみに排除することは性急であり、我々の食料をなくしてしまうことにもつながりかねない。適切なリスク管理を踏まえコントロールしていくべきであり、社会にもそういった考え方を浸透させていく必要がある。

農薬は、植物の医薬品であるといわれる。確かに読んで字のごとく農の薬である。人間で考えたとき、全く薬を飲まないのと、予防目的や病気になった際に薬を飲むのと、どちらが健康的でいられるだろうか。おそらく現代の先進国において、薬を全く飲まず注射も打ったことがない人はごくわずかだろう。人間が健康的に生きていくために生み出されたものが医薬品なのだ。

農薬も同じだ。使用しない方が安全だとは限らない。殺菌剤の使用を怠ったために食中毒が発生してしまった例はいくらでもある。

そして野菜自体も毒を有している場合がある。例えばタマネギはアリルジスルフィドという成分を含んでいるが、イヌ・ネコ・ヒツジ・ウマ等の動物には有毒である。ヒトが例外的に低感受性であるだけだ。ラットによる実験では、0.5(mg/kg・日)の量がタマネギのADI(一日に食していい量)であるという結果も出ている。他にはウメ・バレイショなども天然毒性成分を含む。これら普通の野菜にも天然毒が含まれていることを考えると、天然と合成を区別することに意味はないことが分かる。適切なものに適切な処理を施すことが必要なのだ。

「あらゆる農薬は危険だ」というイメージの広がりは、学校教育の現場やマスメディアの発信による影響も大きい。無論、危険な薬物も存在しており、過去には大きな被害を生み出している。しかし時代は進んでいる。むやみに間違ったイメージを植え付けるのは、正しい理解への道筋を閉ざしてしまう。今一度農薬に対する認識を、教育者・発信者の側から改めることが必要である。

我々は、食べなければ生きていけない。日本で農業を身近に感じる人間は減ってしまったが、農業なくして国は進んでいかない。我々はみな「食べる者」として、自分たちの食料の安全な供給と、そこで使われる農薬に関して考え続けていく義務があるのである。

参考文献

・「日本における農薬の歴史」-松中昭一/学会出版センター

・「新版 農薬の科学」-宮川恒ら/朝倉書店

・「農薬のきほん」-寺岡徹/誠文堂新光社

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