僕たちはもう満足できない
なんか、僕は政治家のことをバカって思っている気がする。なんでそう思っているんだろうって考えてみた。
きっとそれは、僕自身や社会の求めている政策がなかなか実現されなかったり、コロナウイルスに振り回される状況がずっと続いていたりして、国の政治は見当違いのことしか行っていないように感じているのが原因だと思う。メディアでは議員の不祥事や汚職の報道がたびたび流れる。なにも進んでいないのに選挙だけはすぐにやってきて、また総理大臣が変わっていく。彼らが行っていることは報道では全然流れてこないから、普段何をしてんだろうって思う。いつまでたっても10万円くれなかったし。
ただ僕は、そもそも政治についてそれほど明るいわけではない。メディアから得られる情報しか目にしていないし、それらの情報を逐一ファクトチェックしてもいない。だから、政治の世界で実際に起こっていることとかについてはあまり触れない。なんで僕がそう(表題)思っちゃっているんだろうってことだけ考える。
さっきの話に戻るけど要は、理想の社会にならない苛立ちの行き場が、政治になっている。じゃあ、理想の社会ってなんだ?
子供がタダで教育を受けられる社会?お年寄りが死ぬまで健康に生き続けられる社会?労働者の給料が全額手元に入ってくる社会?それとも僕自身が、死ぬまで幸せに生き続けられる社会?
社会の定義は様々で、その広さの設定も多様だけど、ここでその社会を「日本」とするなら、「日本」の行く末の理想ってなんだろう?
さっき挙げた通り理想はきっと個人の中にあるもので、僕自身が考える理想の社会は、たくさんある可能性の一つに過ぎない。それとは全く逆の社会を理想としている人もどこかにいるのかもしれない。
バラバラの理想を持つ人たちが集まりあって、日本という国を形成している。その中で、多くの人がそれぞれの理想を実現させようと動いている。
(わかりにくい繰り返し)
あるルールが存在したとき、そのルールはある人やグループには利に働いて、別の人やグループには害に働く。それは完全な50:50にはなりえなくて、70:30だったり、82:18だったりする。
そして個々人の自由意思が尊重されるようになった現代では、立場はもっと多様化している。さっきの比率は48:30:22になったり、15:22:3:0:60:0になったりする。その一つひとつで、僕たち一人ひとりは、マジョリティーになったりマイノリティーになったり、どちらでもない人になったりする。
政治っていうのはそれらの選択肢の中で、もっともらしいものを選んで制度化する行為だと思う。単純に多数決で決まっていくこと(選挙制度などに基づいて)もあれば、少数派の意見を尊重してその立場の人に利に働くルールが生まれることもある。
何度も言うけど、それらすべてのルールが、誰しもの理想にはなりえない。めちゃくちゃもっともらしいルールでも、利害は置き換えられてしまって、別の誰かにとっては害になる。
子供が学校にタダで通えるルールは、子供のいない家庭にとっては害といえる。病気になったら安価ですぐに治療してもらえるルールは、健康な人には害であるといえる。所得税がない社会の道路はボロボロで、僕の理想の社会であなたたちはきっと生きていけない。
という現実の上で、我々の誰も、理想の社会に行きつくことは不可能だ。我々が本当に満足する政治など、この世にはもう存在していないってことだ。
幸せはつかみにいくものなのかもしれない
てか、それってめっちゃ当たり前ジャーーーーーン!!!!!!!
「なんでこの世は自分の思い通りにならないんだ!!もう知らねえ!」って叫んでたら、笑われるかぶん殴られる未来が見えてる。自分に都合のいい世界に行きたいなら、自分の世界に閉じこもるしかない。僕は友達とまだまだゲームをしていたいので、それは嫌だ。
じゃあなんで、そんな当たり前のことを忘れて、「日本オワてる」「政治家バカ」って思っちゃうんだろう。
それは、自分の力では避けようのない害に巻き込まれたり、自分に利がないことが成立したり、勝手にグループ分けされて放っておかれたりすることを許容できなくなっているからだと思う。昔もそれはあったかもしれないけど、今は「個人の自由」が尊重されまくる時代だから余計に。自分の思い通りにならないことの責任を社会に求める風潮が、いつからかずっと漂っているように感じる。ツイッターを見れば今日も、「#○○を許すな」のツイートがいっぱいだ。
もちろん日本社会にはまだ多くのれっきとした理不尽が残っていて、それを是正しようと立ち向かうことは有意義だし、そういう人を応援して自身も力になることは、すっげえいいことだ。そういうのを冷やかしてるわけじゃない。ただ、掲げているその理想が社会にとって本当に必要なのかということを、一度立ち止まって考えなければならないと思う。
そして問題はその理想が、社会にとっては必要でなかったときだ。その判断にはいろんな要素が絡んでくる。倫理・税金・文化・立場・社会情勢・人口・人種・性別・年齢・国籍・髪色・瞳の色・気候・大学の数・幼稚園の数・その年のコメの収量・病気の人の多さ・スポーツがどれだけ強いか・毎年何人が死ぬか・一人暮らしをしている人の数・年間のアイスの消費量・便秘の人の数・ごみの量・木造建築の家の数・スマートフォンの普及量・靴下をはくかはかないか・公衆電話の場所・ちょっともうわかんない・とかいろいろね・はい終わり。
でもそれは、掲げた当人にとっては確かに必要なことなんだ。社会に沿わない主張をしていたからって、それをあきらめたくないじゃん。一生自分は満たされないと思いながら生きていたくないじゃん。じゃあ実際にそうなったとき、その理想をかなえるのはやはり自分しかいないじゃん。
これは綺麗ごとじゃなくて、事実そうなんだっていうハナシなんすよ。
そして僕は、誰かをバカにするようなバカではいたくないから。それが理想だから。
自分を幸せするために頑張りたいと思いました。〆
あ、でも国会で寝てる議員。お前はバカだ、帰れ!